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自分を理解するということ。

2020.03.13

本日予定しておりました

perfume liveは

コロナの影響により

中止致します

の通知を新幹線に乗ってから見た時の田邊。

↓↓

ちわっす☆

お久しぶりです、田邊でございます。

 

この間、酔いつぶれた時にさ(さらっと愚図な発言してごめんね。スルーしてね?)

高知出身の一人で飲みに来てた年上女性と色々お話したの。

確か出版会社に勤めてるって言ってたっけな。

(その時は確か、シャリキンで割った焼酎を水の様に飲んでたっけな…)

※シャリキン:お酒を凍らせてかき氷状にした物。

(皆、これで察しつくわよね。彼女ったら、酒で酒を割った飲み物をお召しになられていたのよ…)

 

今まで仕事の関係で、色んな人と関わったことがあるんだってさ。

彼女は「仕事上、独創的な人が多い」と話してた。

 

「独創的?個性的と違って?作る側の仕事だからあえてその言葉なの?」

と尋ねてみたの。

 

 

すると、

「個性と独創の違いね。ん~、私は養老先生が好きなんだけど、彼のいう“個性は身体に宿る”って言葉、印象的じゃない?」

と言い、

確かそんなこと書いてた気がするな、と思いつつ頷いていたの。(バカの壁だっけ?)

物に宿すから、個性でなく独創なのかな?と、ね。

 

「ふ~ん。」となってる私に彼女は、

「本は好きなようだけど、自己啓発本とか読まなそうだね笑」と見事当ててきたわ。

 

 

こんな一人で飲み歩くような私だからさ、自己啓発本とか、ほっとんど読まないの。自己啓発本って言葉自体に矛盾感じまくってるし、自己で啓発すんなら、本読んでる時点で他人が介入してるし、それは違くない…?って捻くれまくってんの。(いやきっと、自分流の自己啓発はこんな感じですよの紹介本だと思えば、意味は通るのだけどね。)

しかし、読まずに否定するのはよろしくないし、定期的に流行りを知る為にも、その都度一応目を通してるの。

 

 

 

そしたら何冊かの本に、

「自分と向き合いましょう」

「自分の内面を磨きましょう」

「自分を知りましょう」

などの言葉が、どの時代にもよく並んでいるの。

 

 

 

いつも

自分を知るって何?

となるのよね。

 

 

 

だって、どうやって知るのよって話じゃない?

自分の姿や顔ってものを介さないと見えないわけだし、向き合うって…?

内面を見つめるなんてもっと意味わかんなくない?

 

どうすれば自分を知って、見つめれて、向き合えるのだろう。

と考えてたところだったし、そのような話題になったしで、

人生の先輩である、彼女に聞いてみたの。

そしたら、彼女ったら、逆に私にこう聞いてきたわ。

 

 

あなたは、どうやって自分を“自分”と確信してる?

あなたの好きな宇多田ヒカルも歌の中で言ってなかったっけ、こんなこと。

私を私たらしめるのは趣味嗜好や価値観じゃない”とか。

あなたが今“自分”としているものは、“そこ”に在りそうだから、“自分”という存在の据え方が分からないんじゃないかな?」

 

 

 

 

ぐうの音も出ねえ。

(彼女の凄さって、私がここ2~3年考え、自分なりの答えが出ていないところをさらりと、ぐさり刺してくるところなのよね。

※※ちなみにこの日が初対面です。)

 

 

 

 

言葉では分かるの、宇多田ヒカルの言いたい事。

それに、とてもこのフレーズが好きなの。

なのに、どうしてもこの一文だけは、心から理解できてないし納得できていないの。

(URLに行けば、宇多田ヒカルのこのフレーズのある歌が聴けますわよ…布教しまくるわよ…)

https://www.youtube.com/watch?v=sLlYBsZSAmU

 

 

 

それを彼女に伝えると、

「それでいいんじゃない?それが向き合うことだと思うけど。」

とシャリキン焼酎を4杯目呑み干しながら言ってくれたわ。

(そんな事よりそんなに飲んでダイジョブ…( ˘ω˘)?って思ってた。)

 

 

思わぬ言葉と良い飲みっぷりに

「へ?」

とあほ面かましてたら、

 

 

「だからさ、例えば人って“自分はこう!”“あなたはこういう人”って定義したがるもんじゃない?占いが廃れなかったりするのってそういう面もあると思う。

 

それは自分をある程度定義づけすることで、ある程度の“枠”ができて、それ以上には踏み込まなくていいし、踏み込む行為は“自分らしい選択”でないから、簡単にその行為を否定できる。

 

だから、定義づけすることって楽だしそっちに行くのが多勢なの。けど、それは悪いことじゃないよ。それもその人だしね。

ただ世界や視野は狭まるかもしれないよね。まあ本人が納得してればいいんだけど。」

 

続けて彼女は

 

「だから、あなたって“宇多田ヒカルが大好きで宇多田ヒカルの事なら全肯定したい”って思考や嗜好があるにも関わらず、“宇多田ヒカルの歌詞に納得できない部分を抱いている自分”を残念に感じてるけど、それを認めている訳でしょ?

それは中々、信者になると出来ないよね。

それが、自分を向き合うことだし、それを知ってることが自分を知ることなんじゃない?」

 

 

「じゃあさ、今の話なら、個性?自分?は精神に宿ってる感じがあるけど、養老先生の“個性は身体に宿る”ってなに…?」

と聞いたら、「身体知」の話をしてくれたんです。

 

「身体知ってわかるかな?身体の知識ってやつ。私、あれこそ“個性”だと思うの。養老先生の受け売りみたいなもんだけどね。

 

考え方なんていくらでも表に出すときには嘘つけるけど、身体は正直じゃん。

 

例えば、いくら強がってたって、お酒飲んでて身体が限界に感じてくれたり。

これってだれ一人として同じ人はいないし、“個性”であって、それこそ“その人自身”だと思うんだよね~。

ただ、あなたの場合は、宇多田ヒカルを全肯定したい精神ができない違和感を体で感じて言葉で表現してるから、“向き合うことができてる”のでは?って思ったのよ。」

5杯目のシャリキン焼酎に差し掛かりながら喋ってたわ。

 

 

「さっきもあなた言ってたけど、“自分の内面を見つめる”大切さを世間はやたら言うじゃない?だけどさ、

自分のことは自分だけでは分からないのよ。

あなたの場合は宇多田ヒカルによって知ったのよね、自分の一部を。」

 

 

 

んあーーー。

すーーごいーー。

わーかーるー。

 

 

 

田邊、最近「古事記」にハマってるんだけど、

天照大神もそうなのよ。

色んな事情があって、天照が一度引きこもっちゃう時があるの。

その時、世界は闇に包まれ災害が起きたりなどで大変になっちゃったから、その他の神々たちが、引きこもり天照を外に出そう作戦なるものを決行するのよ。

 

その時、ある神様が天照に

「あなたより素晴らしい神が来た!嬉しくて私たちは踊ってる!」と言うの。

そしたら引きこもり部屋の外で騒がしい様子が気になるし、

天照は「え…?どんな奴なん…?見たい見たい。」となるの。

そして鏡を天照に向けて「こいつだよ」って見せて、

天照は「ほえ~。こんな奴なの~。」ってなるのよ。

その時使われた鏡が八咫の鏡よ。

(三種の神器よ!!テストに出るわよ!!!!!)

 

 

 

これってさ、天照、自分自身のことを知らなかったのかしらって思うのよね。

自分がどんな姿で周囲から“あなたは素晴らしい神である”と言われてて、且つ、どれだけ素晴らしい神であるかを。

ここで初めて気づくのよねえ。

※完全に個人の解釈だから、見解違いだったらごめんなさいね。でもそこが論点ではないから「まあこんなもんか」的に流し読んでね。

 

 

シャリキンの彼女の話を聞いてて、古事記と「自分を知る」ことが、なんだか繋がったの。

(シャリキンの彼女、結局シャリキン焼酎杯飲んでビール杯飲んで、素面みたいな顔して帰っていったわよ…きょわい…)

 

 

きっとね、これ皆がそうだと思うの。

例えば、

たった一人、景色が真っ白で無音な部屋に何日間もいたら、

自我は崩壊するんだってさ。

 

 

それは、自分を知る術がないから。

情報が無いからなの。

「自分と向き合う」って勘違いしちゃいけないのがさ、

「自分とだけ」向き合ってちゃダメなのよね。

 

 

自分って自分だけでは分からないし、

何かを介してだったり、何かを通じて感じたり理解するのよね。

 

何かと向き合う過程で己を知る過程が「自分と向き合う」だったり「自分を知る」過程だったりする。

だから、自己啓発本とかさ、その単体だけで書かれてたりするから、

内にこもりすぎちゃって、逆に自分を見失っちゃう。

 

そういう時は、あえて自分を見つめない方がよかったりするのよ。

 

ヨガだってそうなの。

あれって、自分を見つめるんだけど、結局は色んなポーズやその過程の中で、「己を知る」ことなの。

 

禅も、あの静寂さの中での「自分の在り方」だったりするし、写経もそう。

自分を見つめるって時には、何かを介してるの。

 

見つめることのその先に「自分を理解する」ことがあるのよ。

だから、もし行き詰まったり、「自分と向き合え」なんて台詞を他人から言われたならばね、

 

 

 

 

一旦、自分から離れるといいと思う。

 

 

 

 

「自分のために」じゃなくても「誰かのために」動いてみると違った景色が見えたりするのよ。

どうしてもそれが難しい時には、いつでもここにいらっしゃいな。

 

 

私たちを介して、自分を見つめればいい。

私たちを介して、自分から解放されるといい。

 

 

一人で頑張ってるあなた。

時には、自分に向き合わなくていいのよ。

人のせいにしてもいいのよ。

そうした後に、ほんの少しでも元気になったのなら、

ちょっとずつその出来事をあくまでも冷静な目で見つめるといいわよ。

 

無理にはしなくていいのよ。

それもあなたなのだからね。

 

さて。

そろそろ業務が終わるわ。

 

こんな長い文章を読んでくれてありがとうございました。

目がお疲れでしょう。

 

夜はゆっくり休んであげてくださいな。

ほな!!!!

石垣所長のリハビリブログ



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